「リチャード三世」感想文(ネタバレ/衣装や仕草のこと)
2017-10-21


原作ではヘイスティングズ卿の罪のでっち上げを皮肉混じりに嘆く「公証人」でしかない役目ですが、本舞台ではその役の他に拵えからシェイクスピアの見做しを兼ね(そう言えばシェイクスピア女性説なんてものもありましたね)、そして幕を引く役割から言えばリッチモンド伯も兼ねるのでは無いかという見方もできます(この読み方をしたさんぱさんはさすがだなと。確かに劇場で配られる人物相関図には写真部分を「?」にしたリッチモンドが存在している)。
 舞台の中の空間と別の位相の者が入っている、という位置なのだと思いました。
 
 そして勿論リチャードの衣装を語らねばなりますまい。
 何しろ変わる変わる。白シャツの前を開けておどけてポーズを取り道化の小道具で遊ぶ冒頭部、せむしでびっこ、という所謂リチャード三世の特徴として上げられる拵えがまた強調の具合が数段階。
 物語の序盤やる気に満ち満ちた頃のリチャードは、だまくらかしに行く時に相手や場に合わせて服にも凝るんですね。そして油断を誘いたい相手の前では殊更に背を曲げ、足を引きずり、その為の変わった杖まで持つ訳です。
 一番美しい服を着て、かつ一番ひどく体を丸めているのはエドワード王の御前だったですかね……。甥である幼い王子兄弟を迎える時も衣装は同じでしたっけ、黒の毛皮の襟のついたコート。
 そう言えば、リチャードが最初にものをガツガツ食べるのは幼い兄弟を迎えるときが最初でしたっけ。
 あの食べる描写は緊張というかストレスの緩和だろう、と思うのです。
 食べている時にリチャードは人と目を合わせませんし、笑顔にもなりません。
 あの兄弟に接するのは、怖いんですね。その一番に王位簒奪がかかっていることはわかっていますし、皇太子エドワードは聡明です。幼いので理屈が素直で、現実的な利益で釣るのも難しい。ヨーク公はあほの子(衣装でよく表したものだと思いました飾り襟に裸サスペンダーの半ズボン…)とは言え、武器を欲しがったりふざけ半分に殺されかねない物騒さもある。
 子供相手にものをわかりやすく言おうと思えば嘘もばれやすくなりますし、それにやっぱり子供をだましたり脅したりはどこか後ろめたさが勝つんでしょうね。
 天性冷血で残虐なリチャード、というより小心者でどこかお調子者で、途中で留まることのできない弱さのあるリチャードに描かれていたように思います。
 殺すのを厭わないというより「殺せ」と言うのを厭わない男なんですよね。
 明るみにされたくない、というのもあるけれど自分ではやりたくない、というこの甘さ。
 今回の舞台で描かれるのは、子供の視線に耐えきれずに手土産の菓子を貪り食い、眠れぬ夜を過ごして会議で居眠りをし、腹を壊して中座するリチャードです。
 自分の即位に根回しをしておきながら、ベイナード城で側近と飲んだくれて気難しく黙っているリチャードです。
 そんなリチャードは王位簒奪の野望の達成に近付くにつれ、段々薄着になっていく。「せむしでびっこ」もやらなくなる。
 気の小ささや意外な打たれ弱さを隠しきれなくなってくるんですね。
 革パン一枚でビニールシートの掛かった玉座と睦み合う、あのシーン。
 野望の達成の喜びの筈なのに、表情は恍惚というよりむしろ当惑と放心に変わっていく。
 ビニールシートの中に潜り込み、目を見開き口を半開きにした異様な表情で玉座の上に丸まるリチャードは、苦しそうに見えました。
 今まで玉座を見上げてきた側だった自分の視線と意識が、今度は自身に注がれる様を幻に見ているようでもありました。
 逃げ出したい繭の中か、それとも蜘蛛の巣に掛かった獲物か。劇の冒頭ビニールを被せてぐるぐる巻きにして連れ去られるクラレンスを思い出させる素材でもあり。
 何者かが死んでいく様を見た、と思いました。
 このシーンのグロテスクと美しさは、今の佐々木蔵之介以外で出せないだろうな、と思いました。


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