読書感想文:「猫の客」(平出隆/河出書房新社)
2012-09-04


「ほんのまくら」フェアとは紀伊国屋書店新宿本店で開催中のブックフェアです。
 フェアの棚に並ぶのは「ほんのまくら」、つまり出だしの1〓2フレーズを抜き出したブックカバーをかけられ、シュリンクパックを施された文庫本100冊。
 客に与えられる情報は、その1〓2行分の文章とその本を推薦する書店員手書きのカード、そして値段のシール。その情報を手がかりに、「これだ!」と思うものを選ぶ遊び心溢れる好企画です。
 話題になっていたフェアであり、好評につき会期も延長中(9月16日まで)。せっかく来たんなら、1冊位買ってみたいよね。と思って棚とカードをにらめっこ。
 どうも現代ものが多いようで、かつ心理描写だの人間性のなんとかとか妄想のどうたらとか、割と面倒そうだなぁと思う本が多い、気がする。どれを手にとっても、まず自力で選ぶことはなさそうな感じがびしびしする。
 推薦文って難しいねんな……と思いながら、2冊に絞る。実は最初に目に入った2冊でもある。
「人魚は南の方の海にばかり棲んでいるのではありません。北の海にも棲んでいたのであります。」
「はじめは、ちぎれ雲が浮かんでいるように見えた。浮んで、それから風に少しばかり、右左と吹かれているようでもあった」
 ……2冊くらいに絞るとね、商品管理カードのスリップを引き抜いて誰の本なのか確かめようという衝動と戦うことになるんですよ。
 何とか耐えましたが。
 結局「一節一節を切り取ってスクラップして部屋中に飾りたいです。この目と語彙をもって世の中をみれたらなぁ。」というカードがついた、「ちぎれ雲〓」の方を取りました。

 カードに書かれた推薦文から、詩の要素があるな、ということは考えていたと思います。
 詩は、必要最小限の文字数でイメージを伝達する表現方法なので、それなりの憧れがある形態ではあります。ならいいかなと。「人魚〓」の方は、どこかで見たような気が……つまり読んだことがあるかも、うっかりすると持っているかもしれない、と思ったのも原因。多分気のせいですが。
 で、実際作者は詩人。
 ちぎれ雲に比されているのは、実は子猫の影。
 時代はバブル崩壊寸前の頃。勤めを辞めて文筆業で食って行こうとしている筆者、そして奥さん。お屋敷の離れという借家は、やがて大家である老夫婦の老いによって消える。どこかからやってきた子猫は隣の家に飼われることになるが、筆者の家をテリトリーにして奥さんに懐き、そして突然死んでしまう。もちろんバブルは弾けて消える。繊細な四季の描写も含めて何もかもが移り行く時間の過程を、丁寧に掬い取るように書かれたエッセイのような私小説のような、こういうのを散文集というのですかね。

 私の評価としては、うーん……。ちょっぴり複雑。
 文章は綺麗です。端正で、よく磨かれた言葉は古風というかモノクロームの写真を思わせるところがあり、センチメンタルな思い出話を上品に見せています。さすが詩人。
 ただ、センチメンタルについては抑えめの表現にしてあると思うんですが……一種のナルシシズムがありましてね。
 そりゃ表現者、特に詩人にその気がなくてどうする、とは思うんですが。
 子猫の死んだ後、多分悲しみが過ぎたのだとは思いますが、どうもこのナルシシズムが身勝手になる。
 子猫は筆者の隣の家の猫なのです。飼ってる猫が死んだときに、おそらくはあまり付き合いのない(←ここがポイント)隣の人が「うちの猫同様に思っていたものですから、せめてそちらのお庭へお墓参りをさせてください」と言って来たら、普通引く。そんで「私達とお宅の猫とのつきあいはこのように」と世間に発表したエッセイを渡されたら生活を覗き見されているという疑いも持つわな。その冷たい態度にあるのは嫉妬だけでは断じてない。なんでわかってくれないのひどい人、じゃないだろう。

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